ちょっとした疑問、気になる出来事。
誰にも言えない悩みでも構いません。
たんていクラブは、あなたの「気になる」を
こっそり調査します。
放課後、気軽にのぞいてみてください。
ドアが静かに開いた。
蝶番がわずかに軋み、部室の空気が一瞬だけ止まる。
木製の床に、控えめな足音が一つ。
深沢晶子は、部屋の中を見回すでもなく、ただ机の方へ視線を落としたまま入ってくる。
肩から下げた小さな帆布のエコバッグが、膝のあたりで小さく揺れた。
乱れた光沢のない茶色の髪が頬にかかり、伏し目の細い瞳がわずかに机を追う。
青い小さなピアスが、窓からの光を一瞬だけ反射した。
何も言わない。
ドアも完全には閉めないまま、静かに一歩進む。
部室の奥では、紙をめくる音と、タイプライターの打鍵が止まる。
晶子はその反応を気にする様子もなく、机の端に立った。
そして、エコバッグから小さな青い手帳を取り出す。
白いギターピックのチャームが、かすかに触れ合い、乾いた音を立てた。
「……落ちてた」
それだけ言って、手帳を机の上に滑らせた。
深沢晶子は机の端に手帳を置き、指先で軽く押し出した。
白いギターピックのチャームが、乾いた音を立てて揺れる。
「……これ」
高瀬硝子はタイプの手を止め、視線だけを落とした。
青い断ち切りの革。見覚えはない。
「拾ったの?」
晶子はうなずく。
「……部室の前」
硝子はゴムを外し、静かにページを開いた。
白い紙の中央に、小さな文字。
『晶子』
その下に、"birth 6/10"
そして横に、鉛筆で描かれた似顔絵。
伏し目で、細く吊り上がった目。
硝子の眉がわずかに動く。
「……あなた、だね」
晶子は机を見たまま、反応しない。
少し間を置いて、硝子が言う。
「中はこれだけ?」
「……うん」
ページをめくる。
余白。何もない。
硝子は手帳を閉じず、そのまま指で軽く押さえた。
「さて、持ち主だけど」
晶子の視線がわずかに上がる。
「まず、“あなたを知っている人”なのは確定」
「……うん」
「でも、名前はフルネームじゃない。“晶子”だけ」
硝子は指先で文字をなぞる。
「距離がある。もしくは、あえて削っている」
晶子は小さく息を吐く。
「男性かな、女性かなって話になるけど」
硝子は似顔絵に目を向ける。
「この描き方、特徴を拾ってる。可愛くも、綺麗にも寄せてない」
「……観察」
「そう。観察の絵」
硝子は少し考える。
「男性の可能性はある。印象で描くことが多いからね」
「……女性は?」
「女性なら、もっと情報を足すか、逆に記号化する」
硝子は小さく首を傾けた。
「でもこれは、そのどっちでもない」
晶子は机の一点を見つめたまま。
「……じゃあ?」
硝子は静かに手帳を閉じた。
「“見ていた人”だよ。性別よりそっちが先」
チャームがまた、かすかに鳴る。
「部室の前で落としたってことは――」
硝子の視線が晶子に戻る。
「ここに来て、あなたを見て、これを書いた」
晶子は何も言わない。
「そして、落とした」
硝子は手帳を軽く押し返した。
「つまり持ち主は、まだ近くにいる可能性が高い」
部室の空気が、少しだけ重くなる。
晶子はゆっくりと手帳を引き寄せた。
その視線は、やはり机の上に落ちたままだった。
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